日記・コラム・つぶやき
とりあえず61回目
先日の会議では大遅刻だったので、かなり早めに出発。
渋滞もなく、道を間違えることもなく到着した。
去年は確か時間ギリギリで昼飯も食えなかったよな。
毎年、講演があるのだが今年の講演もなかなか面白かった。(落語家の桂なんとかいう人だった。)
趣味、興味、人間味が大切である、という講演だった。(多分。)
帰りにふと気が付くと通天閣が見えた。
いつもの事ながら、お疲れだ。
昨日はT社の認定施工店会になるための講習会だった。
80名が参加、組合の人も来ていたが、見た事も無い顔が沢山。
この辺には、こんなに屋根屋がおるんか。
まいったな、仕事が無くなるはずや。
見境無しに参加させるなよな、と思ったが、まあどうでもええか。
とりあえず60回目
展示場がなんとなく形になってきた。
しかし展示する架台を葺くのが進んでいない。
入母屋屋根を仕上げて、方形屋根の地葺きが終わった状態のままだ。
今日は反り隅の架台の瓦桟打ちを行った。
当初はただ軒先を反らすだけのつもりだった。
軒瓦は京花模様の鎌軒瓦を葺き、地瓦は53の切落ちを使う予定だった。
それが垂木が扇垂木になり、茅負つけて、裏甲つけてお寺さん並みの軒先になってしまった。
これじゃ瓦は絶対本葺きやでと言う事になり、9寸尺の本葺きをすることになった。
隅棟は当初の予定どおり鬼面の隅鬼に捨てのし2段ほど入れて反らせる予定だ。
平唐草を焼かないといけないので納品が2週間後ぐらいになりそうだ。
とりあえず59回目
糸に合わせて葺いてくだけでキレイに葺けてしまう。
(下地も良いのだが。)
昔のひとたちは捻じ曲がった瓦を、苦労して葺いていたみたいだけど、今は簡単に美しく仕上がる。
でも役物はやっぱりここまでの精度はないから、選別したり、加工したりして工夫をしないとキレイに納まらない。
役物をたくさん使う神社とか入母屋屋根とか葺いてると屋根とは手作りなんだとつくづく思う。
世間の人々は納品された瓦を並べていけばキレイに納まると思っている。
(職人の中にもそんな人がいる。)
時代の流れで、洋風の瓦がたくさん使われるようになってきたが、これらとははっきり言ってまったく別物なのだ。これらはほんとうに並べていくだけだ。少し慣れれば誰でも出来てしまう。
同じように思っている人が多すぎる。
よく現場で「○日ぐらいで終わりますか。」と実際の工期の半分にもならないぐらいの日数を言われる。
これでまずガックリして、それから「いや、いやこのぐらいかかりますよ。」と言うと、「えっ、そんなにかかるんですか。」と言われまたガックリする。
それとかこの瓦は加工しないと葺けないんだよ、だから加工賃が別に要るんだよと言ってもよく分かってくれないんだよな。
かわらぶきも、かわらの製造も手作りのオーダーメイドだから、そんなに早く出来ないし、安くもできないんだよな。
そこんところを分かって欲しいよな。
まあ何がほんまか分からない時代にこんなこと言ってもしゃないか。
とりあえず57回目
思ったようにはいかなかった。
どうもスッキリしない。
とりあえす明日で工事完了だ。
先日の三菱電機の太陽光の研修の話になるが、京都駅のすぐ近くに泊まった。
当初の予定ではホテルに荷物を置いてから、駅周辺を散策して、焼き鳥屋でビールでも飲もうと思っていたのだが、思いのほか疲れてしまったのでホテルから一歩も外出できなかった。
ホテルに入る前にラーメン屋で生ビールを2杯、それからコンビニで缶ビールを買ってからホテルに入った。
しかしベットに横になったらすぐに寝てしまった、8時ごろだと思う。
11時頃に目が覚めてシャワーを浴びて、缶ビールをあけて一口飲んで横になると、また寝てしまった。
気が付くと朝になっていた、ビールは残ったまま。
さすがに飲むわけにはいかなかった。
ホテルのモーニングサービスのパンとオレンジジュースをいただいて、出発した。
せっかく京都に泊まったのにな、もったいないよな。
まあ研修に来たのだから、しゃぁないか。
とりあえず51回目
倉庫の一角に屋根の展示場を作っている。
どうせやるなら中途半端は止めようと思っていたのだが、予想以上に大掛かりになりそうだ。
展示架台も屋根のバランスを考えながら設計していくと予想以上に大きくなっていく。
このままではもっとスペースを広げていかなくてはならない。
写真の入母屋屋根の横に置く予定の架台も、淡路瓦の桟葺きで軒瓦を京花模様の鎌軒瓦にしようと考えていたのだが、三州産の本葺きに変更することにした。
現在、2つ目の架台を葺いている。
方形屋根で軒先を一文字軒瓦と鎌軒瓦で仕上げ。
地瓦は面取りと切り落ちで葺こうと思っている。
仕事の合間をぬっての作業なのではかどらない。
11月の終わりにはオープンさせたいが、やればやるほどこだわってきて、多分年内いっぱいはかかりそうだ。
瓦庭園も作りたいしな。
とりあえず50回目
今日は弟子を連れて、好古園に行って来た。
弟子がうるさいのでとりあえず朝マック。
それから好古園へ瓦をつかって庭園を造ってあるのを見に行ってきた。
いきなりのし瓦をつかったいい感じの作品があった。
今、私の会社も倉庫の一部を展示場にしているので、参考にしようと思う。
ゆっくりと庭園を散策したかったのだが、昼から5年程前に葺いたお堂の瓦が割れているのを直しに行く予定なのでゆっくりできなかった。
このお堂は山の上にあって、工事中は4輪駆動の軽トラで上っていたのだが、今はもう車は入れない。
弟子に釘袋を持たせ、私は脚立を持って登っていった。
屋根に上がろうとすると、弟子が僕も上がるといってうるさいので、しかたなく上げてやった。
裏側の軒瓦が割れていた。
裏側はすぐ山が接近しているので、石でも落ちて割れたのだろう。
確か置き瓦があったはず。
屋根から下りて、探してみると地瓦はあるのだが、軒瓦がない。
しかたなく下山して、会社まで瓦を取りに帰ることにした。
そりてもう一度登ることに。
さすがに2回目はきつい。弟子は私より若いので元気だ。
修理が完了してから、ついでに点検をしたが他には悪いところは見当たらなかった。
それから、弟子が一番上まで(棟のこと)上がりたいというので上げてやった。
帰りに弟子に日当(アイスクリームとジュース)を買ってやって業務を終了した。
とりあえず49回目
火曜日の夜からシャープの太陽光発電の研修に行ってきた。(研修の開始時間が早いので前泊だ。合計3泊3日だ。)
天理市にある素晴らしい研修所で行われる。建物に入るだけで身の引き締まる思いになる。(少し大げさだが。)
実はこの研修所に来るのは3回目だ。1回目は瓦一体型と呼ばれる太陽光パネルの研修、2回目はハウスメーカーの太陽光パネルの研修。
とりあえず今回でシャープの製品は完璧?だ。
太陽光パネルは屋根に載せるものなので、私たちみたいな屋根屋が多いのかと思いきや、電気屋、ガス屋、工務店など、普段屋根に上がらない業界の人の方が多い。
残念ながら屋根屋はほとんどいない。
しかし、実習が始まると受講者の中から「これは屋根屋さんの仕事だよな。」と言う声がちらほら。
いやいやその通り。どう考えても我々の仕事だ。
皆さん、「瓦に穴を開けるのが気に入らない」などという前にやってみるべきだ。
早急にやらないと、我々の仕事場である屋根の上が荒らされてしまう。
とりあえず48回目
盆休みも終わり、昨日から仕事が始まった。
休日というものは、たちまち終わってしまう。
プールへ行って、墓参りして、野球を見に行って、読書して、バーベキューして、ご先祖さんを見送って、嫁の実家へ行って終わってしまった。
結構遊んだよな。
それから今日は兵庫県公館で行われた技能グランプリ兵庫選手団優勝報告会に行ってきた。
新型インフルエンザの影響で、開催が遅れたらしい。
兵庫県選手団がはじめて最優秀技能選手団賞を頂いたその報告会ということかな。
私も少しは役に立ったのかな。
結団式の記念写真や入賞記念品を頂いた。
なんか至れり尽くせりで、まいったな。
貴重な経験をさせていただいただけでも有り難いのにな。
職人さんと呼ばれるならば、一度は経験すべきだ。大変だけどな。
とりあえず47回目
ようやく梅雨明け。
クソ暑い中でふと思ったことがある。
修行と修業。
私の解釈では、修業とは、先生とか師匠に学ぶ事。
修行とは、武者修行と言う言葉があるように、今以上に能力を高めていくこと。
修業が終わり、修行が始まる。
私は修業の身であり、修行の身である。
暑さに耐えるのは修業?それとも修行?。
ちなみに技能グランプリは修行だよな。
とりあえず46回目
雨続きで3日ぶりの現場。
とりあえず平板瓦の屋根工事が終了した。
久しぶりに平板瓦を葺いたが、三つ又ってこんなに合わなかったかな。
細工して合うようなレベルじゃない。
こんなん下屋やったらアウトやで。(ひょっとして合わせる隠し技でもあるのか。)
メーカーさんは、売る事ばっかり考えないで、基本的な事をしっかりやって欲しいよな。
特に平板瓦は精度が大切やろ。
ええもん作れへんかったら、よけ売れへんわ。営業力だけちゃうで。
ほんまに今日も蒸し暑かったわ。
とりあえず44回目
私の会社も6月中頃から、世界同時不況のあおり?をうけ、まあ梅雨入りの影響もあるのだが、今まで経験したことが無いくらい暇になった。
この時期に社員全員に現場が行き渡らないことは、私がこの仕事をしだしてから初めてだ。
春先は世間の不況があまり関係無いのかと思ったのだが、甘かった。
やっと今週ぐらいからまともに現場が動き出した。
私も嫁の妹夫婦が家を建てたので葺きに行く事にした。(残念ながら平板瓦だ。)
久々に丸々1日の現場はさすがにキツイ、それに加えこの暑さ、まいったな。
しかし汗だくで仕事をするのは、非常に気持ちのいいものだ。
ちょうど暇な時期に、得意先のハウスメーカーの会議やなんやらで神戸や大阪に何回かいったのだが、よく会議で使われる神戸のビルの一つに喫煙所から見える景色がとても綺麗なビルがある。この眺めは会議の合間の楽しみだ。
とりあえず42回目
今日は朝から土砂降りだ、当然のことながら現場は動かない。
秋に施工するお宮さんの、鬼瓦と鯱を復元してもらうために、三州の窯元まで持っていくことにした。
中国道~名神~新名神~伊勢湾岸道を走って10時半に、いつもお世話になっている丸栄陶業さんに到着。
ちょうど4時間だ。
それから、営業のKさんと鬼瓦専門の窯元まで行って、鬼瓦と鯱を降ろして、打合せをした。
昼は名古屋名物味噌かつを食べた。(私は味噌煮込みうどんが食べたかったのだが、Kさんのおすすめで味噌かつになった。)
濃い味噌味がなかなかおいしい。
その後、H部長のマシンガントーク(この間、私はうなずく事しか許されない。隣に座っている専務さえ口出しすることは出来ない。しかし、この熱いトークにはいつもながら感心させられる。)を聞いて帰路についた。
一応、復元だが模様のバランスを少し変える事にしたので、出来上がりが楽しみだ。
(写真で見ると普通の鬼瓦に見えるよな。)
とりあえず41回目
先週の水曜日から職業訓練指導員講習を受講していたのだが、今日やっと終了した。
朝9時から夕方5時までびっちりだ。
さすがに苦しいものがある。
毎日、昼から一番の講義は睡眠学習だ。(こんな事書いていいのだろうか。)
指導員免許を取ったからといって、何か役に立つことは無いと思うのだが(こんな事書いていいのだろうか。)、いつかは取りたいと思っていた。
(1級技能士に合格すると受講資格ができる、確か1級技能士の合格通知と一緒かその少し後に講習の案内が来たような気がする。ずいぶん前なのでよく覚えていないが。)
5月23日に行われた組合の総会後の懇親会で隣の人と話していたところ、職業訓練指導員の話になった。
翌日インターネットで調べると、6月10日から講習があると知り、仕事も暇なことだし、さっそく申し込んだのだ。
一番印象に残った言葉が「ハロー効果」だ。
とにかく疲れた。
とりあえず39回目
合格証書が届いた。と言っても、わたしの物ではない。
今年の2月にかわらぶきの1級技能検定を受験した子達のものだ。
2,3日前に家のほうに届いていた物を今日持って来てもらったのだ。
わたし達の店も1級技能士が総勢6名となった。
予定より少し多めに練習した甲斐があって、二人とも標準時間内に終了した。(4時間が標準時間で、その後30分の延長時間がある、それ以上は打ち切りだ。)
一文字軒瓦の小角と切隅が悪くて、合端の時間が少し余分にかかったが、よくやった。
去年と一昨年は2級の検定委員をさせてもらったのだが、今年はそんな時間があったら「グランプリの練習をしろ」ということだった。設営も東の組合の主催なので行かなくても良かった。だから試験会場に行く必要がなかったのだが、受験者二人の様子が気になるので昼から見に行くことにした。
1人は3時間30分ほどで完成させてしまった。2級の受験者より早く終わってしまった。
今まで、わたしが見た中では最速だ。
私が受験した時を思い出す。12年前だ。
ちょうど試験の検定台が切妻屋根から寄棟屋根に変わった年だった。
願書を組合に持って行くと「今年は検定台が変わるし、東の組合の主催だから受験を見合わせる人が多い。」と聞いたが、気持ちは変わらなかった。(西の組合と東の組合が交互に主催するのだが、西の組合が主催の時は実技試験、学科試験ともに講習会を開くのだ、どちらかと言うと、西の組合に所属する人はこの年に受験する。)
この年に1級を受験したのは、わずか3名。
わたしだけが、なんとか延長時間を使って完成した。この時点で多分実技は合格するだろうと思った。
学科試験はほとんど勉強しなかった。3年前に2級と瓦屋根工事技士の試験を受けたので、大丈夫だろうと思ったからだ。
勉強していかなかった事を、試験中に後悔した。ほんまに出来が悪かった。落ちるかもしれないと思った。
まあ、何とか合格した。
ちょうど実技試験の頃が、長男の出産予定日で、実技試験前夜の練習中に、生まれるかもしれないと病院に行った。(結局その日は生まれなかった。)
私も練習を終えてから病院に行ったような、行ってないような。よく覚えてないな。
それから実技試験を終えてすぐに病院へ行ったような行ってないような。よく覚えてないな。(結局その日も生まれなかった。)
実技試験が終わると2月にもかかわらず汗だくだったのをよく覚えている。
なつかしいな。
とりあえず38回目
今日はゴルフ場へ行った。
と言っても、プレイをした訳じゃなく、割れた瓦の修理だ。
おそらくゴルフボールが当たって割れたのだろうが、一体どないしたら、こんな所に飛んでくるや。
よっぽど下手くそやな。(私もその内の1人だ。)
時々、古いS瓦の修理に行くことがあるが、無茶苦茶行儀が悪い(ネジレがひどい)、というか隙間だらけだ。
尻バネで谷がすきまくって、谷を引っ付けたら横(桟裏)がすきまくる。
歩いたらガシャガシャだ。指が突っ込めるほどすいている。
でも、雨漏りしないから良しとしよう。
しかし、S瓦を葺くことって無くなったよな。
平板瓦より洋風だと思うけどな。
(ちょっとレトロな感じかな、洋風というより洋館に似合うという感じか。)
とりあえず37回目
先日からホームページ(写真を貼り付けただけのたいしたことの無いホームページだが。)をちょこっとさわっている。
昔の写真を載せたいと思い、確か私のアルバムに瓦を焼いていた時の写真があったのを思い出し、アルバムを探していると、有った、有った。
いや、ネジレを見て選別しているのか?
他にも、鼻たらして粘土と戯れている写真とかがあった。
約40年前の写真だが、やけに大昔に思える。
私もそれだけ歳を取ったということか。
建築士会の青年部と交流を持とうという議題だ。
なんだが楽しそうだが、大変そうだ。
しかし、瓦の事や、技術的な事など、もっともっと掘り下げて勉強できる良い機会じゃないかと思う。
とりあえず36回目
連休もそろそろ終わりだ。
毎年、忙しい時期なので休むことはほとんど無いのだが、今年は少し(かなり?)ゆったりしている。
急遽、出石へそばを食べに行くことになった。
予想以上に渋滞がひどい。
それに、こんなに混雑しているのは初めてだ。
出石は何度も行っているのだが、いつも気になることがある。
塀に葺かれている万十軒瓦の勾配が異常にきつい。
寒冷地なので雪が積もらないようにしてあるのだろうと思うが、これだけきつくなくてもいいのではと思う。
無茶苦茶、葺きにくいんじゃないかな。
おいしいそばを11皿食べた。
それから少し散策。
3枚葺きの箕甲、多分私達の地域で葺くことが無い葺き方だ。
それから棟のそばまで葺かれた雪止め瓦、足場の代わりかななどと考えていると、嫁からアイスクリームを買ったという連絡が入ったので散策を終了した。
そうだ、高速料金が安いうちに今度は讃岐うどんを食べに行こう。
(可能性は少ないと思うが。)
とりあえず35回目
ほぼ1人で、約20日間。
銅線打ち、銅線つなぎ、瓦揚げ、巴瓦やのし瓦の選別、カニ面戸の合端、さすがに1人でやってると邪魔くさくなってくる。
大棟と降り棟の接点なんか1日近くかかったもんな、サンダーは途中で壊れるし。
さすがに、鬼瓦の取り付けは手伝ってもらった。
飽きっぽい私には、忍の一言だ。
箕甲の落差が大きくて結構やりにくかったよな。
それから先日(28日)、三宮でグランプリの慰労会が行われた。
ゆっくり飲みたかったので、ビジネスホテルに泊まることにした。
(私のところから神戸までは交通の便が悪いので、ほとんどの場合車で行く。懇親会などもほとんどお茶で我慢している。4月4日に行われた屋根診断技士会の総会の後の懇親会もお茶で我慢したのだった。)
夕方、現場からホテルへ行って、シャワーをして会場へ。
翌日は7:00にホテルを出て、現場へ直行。
久しぶりに三宮の夜を楽しんだ。
おいしい酒だった。
ありがとうございました。
神戸で行われた技能グランプリに出場 その5
ぐっすり眠ることは出来なかった。
昨年に比べると全く体が痛くない、慣れとは凄いものだ。
11:00から閉会式、その前の10:00に成績発表がある。
あきらめ7割、期待3割で会場のポートピアホテルへ向う。
まだかまだかと成績発表を待っていると、組合の人が成績表を持って来てくれた。
敢闘賞に入賞。
ほっとした気持ちと、悔しい気持ちとが入り混じって非常に複雑な心境だ。
敢闘賞の席を教えてもらい、席へ行くと、白い袋が置いてある。
席に着いて、袋の中をのぞくとメダルが入っていた。
(後日、表彰状が郵送で届き、祝電まで届いた。)
私は即座に箱を開けメダルを見た。
愛らしいはばタンと異人館と海。
「ええやん」と思わず言ってしまった。
しかし表彰式が始まり、表彰台の上で喜ぶ選手達を見ていると、悔しい気持ちがあふれてきた。
今日は本当に複雑な日だ。
その後、敢闘賞の表彰が行われた。
敢闘賞は受賞者全員その場で立って、代表者1名が壇上に上がりメダルをかけてもらう。
12:30頃に閉会式も終わり、同じ場所で13:00から兵庫県選手団解団式が行われた。
この時は名前を呼んでいただいて、壇上に上がらせてもらった。
記念撮影をし、選手みんなが壇上に上がり万歳三唱で締めくくった。
私のグランプリは一応終わった。
これからは、今後出場する選手たちを出来る限り支援していきたいと思う。
それから私は、一度もグランプリを見学したことが無い、来年以降ゆっくり見学したいと思う。
春の楽しみが増えた。
(誰も出ないなら、もう1回出たろかという気もある。)
とにかく感謝したい。感謝、感謝だ、この言葉しか見つからない。
神戸で行われた技能グランプリに出場 その4
競技2日目の予定と私の段取りを書こう。
8:30 集合
8:45 競技開始 隅棟のし積み完了
10:15 休憩
10:30 競技再開 素丸合端・取り付け、清掃、後片付け
12:00 競技終了
昨日の夜、ビールを飲みながら2日目の作業内容を確認したところ、練習どおりに行けば30分~40分近く作業時間が余ってしまう。
前にも書いたが、開会式の前の準備時間の作業範囲が予定より多く出来るようになったため(瓦座、瓦桟木打ちのみだったのが、瓦割付、緊結用銅線打ちまで出来るようになった)、30分ほど競技時間が延びたのと同じ状態になった。
その分ほどが余ってしまう。
上手くいかなかったところをやり直すわけにはいかないし、とにかくゆっくり確実に作業するしかない。
2日目の作業はいい感じに出来たつもりだったが、通路側の隅棟の素丸が少し曲がっていた。(作業を終了した後、組合の人に言われて気づいた。)
練習では確認していたのにな。時間が余りすぎて集中力が切れてしまったのだろう。
掃除や片付けをしていると、一人目の競技終了者がでた。
1番目に終了の手を挙げることも出来たのだが、念入りに掃除をしていたところ、先を越された。
私は2番目に終了(デジカメ写真のデータによると11:53に競技終了の手を挙げている)。
不完全燃焼だ。
その直後、地元テレビ局のインタビューを受けた。
何を喋っているのか分からない。
出場選手全員が完成した、素晴らしい。
そして架台見学の時間になった。
私は2階席から見学することにした。
あまりに出来が悪かったので近くで見学する気になれなかったのだ。
上から見ていると、出来のいい架台、悪い架台がよく分かる。
人だかりの多さが違うのだ、私の架台のまわりは人が少ない。
昨年は、沢山の人に見てもらったのだが、今年はだめだ。
架台見学の時間が終わると、すぐに撤収だ。
苦労して仕上げた作品が、撤去されてしまう。
もう2度と見ることが出来ないと思うと、悲しくなり、私は急いで自分の葺き上げた架台のところへ行って、携帯で写真を撮った。
良くも悪くも私の作品、なんせ足掛け3年がかりの作品だからな。
(地元兵庫でグランプリが開催されると聞き、出場したいと思ったのは去年おととしのことだ、それからずっとこの日を目指していたのだ。長い間、私の最優先事項だったのだ。)
設営を手伝うことが出来なかったので、撤収は手伝った。
自分の架台の瓦を外しているのが見えたので、私も加わった。
設営と同じく、見事な撤収だ。あっという間に架台がばらされ、撤去された。
しかし、疲れた、肉体的な疲れより、精神的な疲れの方が多いように思う。
成績は明日の閉会式の前に発表される。
残念だが、上手くいって3位、下手すりゃ何も無いだろう。
神戸で行われた技能グランプリに出場 その3
第一日目の予定と私の段取りを書いておこう。
8:30 集合
8:45 競技開始
鎌軒瓦合端(45分)、その他軒先瓦合端・ビス用穴開け(10分)、素丸頂点部分切り合わせ(25分)、残った時間は勝手瓦作製。
10:15 休憩
10:30 競技再開
勝手瓦作製、軒先瓦施工、
12:00 昼食・休憩
13:00 競技再開
袖瓦合端・取り付け、地葺き、小巴合端
14:45 休憩
15:00 競技再開
台のし積み完了
16:45 第1日目競技終了
競技開始。
まずは、ノミで小角瓦の下の瓦座を削る。
それから、鎌軒瓦の合端だ。
鎌軒瓦の合端を終了し、時計を見ると9:30だった。
予定どうりのペースだ、今日も普段どうりの作業が出来ていることが確認できた。
問題なく最初の1時間30分を終了。
競技再開、いい感じでいけると思ったのも束の間、鎌軒瓦の取り付けに失敗。
出寸法が75㎜と決められていたのだが、反り瓦座のところが70㎜弱ぐらいになってしまった。おまけに鎌軒瓦が上に上がった分、桟瓦を押し上げてしまい、桟瓦の横の通りが通らなくなってしまった。
練習ではここまで狂った事は無かったのにな。まいったな。
予定通りの工程で昼食休憩になったが、納得いかない。
休憩が終わり、競技架台の方に向っていると、私の架台のすぐ向こうで、娘が手を振っている。
来やがったな。
嫁と長女と次男と親父と義理の両親のお出ましだ。
競技再開。袖瓦の合端、取り付けだ。
しかし、左袖瓦の取り付けが上手くいかない。予定通りの寸法で合端して、架台にしるした割付通りに葺いているのに、左袖瓦横の桟瓦が入らない、桟瓦の切り込みを合端しなければならなくなってしまった。この面の桟瓦の横の通りもガタガタだ。
はんまにまいった。ダメだ、こりゃ。
この後の地葺きの時間帯は疲れてきて、ほとんど惰性。
勝手瓦が少し大きかったりして、上手く入らないものもあったが、切り直す気力が出なかった。
そしていよいよ第1日目最後の競技時間。
すでに隅棟3本とも台のしを積んでしまう気力は無く、直の隅棟2本の台のし積みに変更。
頂点部分をゆっくり合端することに決めた。
もう素丸の頂点部分も合わせてるし、どうも私のペースが一番速いみたいなので焦る必要なし。
ゆとりを感じたらダメなんだよな。
目一杯やってこそ集中力が増して、いつも以上の力というか、研ぎ澄まされたものがでてくるんだよな。
もうこの時点で負けてるよな。
私は頂点を基準に上から隅棟を施工した。
何人かはそんな選手がいると思ったが、どうも私たち兵庫代表の2人だけだったみたい。
素丸の頂点の切り合わせも、先にやってしまったのは私達だけだったみたいだ。
とりあえず、早くうまいビールを飲もう。
愛車のボンゴトラックでホテルへ向う。
ポートアイランドから三宮に渡る橋から見える夕暮れの神戸の町並みがやけにきれいだ。
ホテルの近くのラーメン屋さんに行き、ビールを飲んだ。
競技の出来に関わらず、グランプリの後のビールはうまい。
去年も結構飲んだが、今年も結構飲んだな。
ビールはうまいが、去年同様眠れない。
2時に目が覚め、寝るのを諦める。
なぜか時間があっという間に過ぎる。
しかし、去年より体が痛くない。
去年はあちこち筋肉痛で大変だったけどな。
朝食を食べ、ホテルを出発。
昨年と同じく、2日目は雨模様だ。
残り半日、いや3時間だ。
神戸で行われた技能グランプリに出場 その2
昨日の続きを書こう。
開幕当日5時頃目が覚めた。(もっと早かったかもしれない。)
実は1週間ほど前から4時とか5時に目が覚めるようになっていた。
気持ちが高ぶっていたのだろう。
6時に家を出て会社に行って余っていた小巴を合端して、出発した。
8時前に会場に到着し、会場の外で組合の人達と話をしていると、選手は会場の中に入っているという情報が入った。
会場に入ると、一緒に出場する尼崎の屋根屋さんも来ていた。
もう地下足袋を履いている選手もいる。
昨年は架台のところでしか履けなかったので、非常に焦って履いたのをよく覚えている。
普段はたびぐつしか履かないからな。
地下足袋を履くのは今日で4回目だ。(2級技能検定と1級技能検定と昨年のグランプリと今年のグランプリ)
今年は落ち着いて履くことができた。
9時になったので受付が始まった。
集合して、注意事項等を聞きいよいよ架台の抽選だ。
一桁の番号で外回りの架台を当てたいと思っていたのだが、見事に外れた。
かわらぶき競技の看板があるすぐ後ろだ。
観客の通路の目の前だ。昨年同様一番良く見てもらえる場所だ。
私は見られる運命に在るみたいだ。


良い写真を一杯撮ってもらえるなと思いつつ、緊張の度合いが高まってきたのであった。
ヘルメットとゼッケンを貰い架台の前に行った。
安全ピンで留めるので、背中のゼッケンは服を脱がないと着けられないなと思っていると、組合の人が来て着けてくれた。
実はこの時、緊張がピークに達していた。
昨年も、この時間が一番緊張したのをよく覚えている。
そしていよいよ会場下見という名の競技が始まった。
制限時間は9時30分~12時までだ。
当初、この時間は瓦座・瓦桟打ち、瓦の点検・配置だけだったのだが、なんと瓦を緊結するための銅線打ちと瓦割付まで出来るようになった。
当初の予定だけだと30分以上時間が余ってしまうし、私の場合、練習では銅線を切って、架台に打ち終わるまで約30分近くかかっていたので、ありがたかった。
これは競技時間が30分延びたみたいなものだ。
これで少々失敗しても間違いなく架台を完成させることができる。
最初に架台の各面の軒先の全長を測ったのだが、案の定最大で1.4センチの誤差がある。
分かっていたことだが少し焦る。
自分の作業手順通りに墨打ちをし、瓦座取り付け位置に打った墨の長さを計測する。
おかしい、この寸法では瓦座が決められた長さにならない。
いまさら墨を打ち直すのも時間がかかるのでそのまま作業を続けた。
瓦座打ちは本当に失敗だった。
袖瓦を葺く面の瓦座は短く切りすぎてしまうし、留めの部分は開いてしまったり段差がついたり散々だった。
もうひとつショックな出来事があった。
銅線打ちも終わり、あとは瓦の点検と、配置だけ、とりあえず切隅から点検しようと包みを開けて気が付いた、なんと隣の選手の瓦を取ってしまった。
直ぐに手を挙げて競技委員の人に報告した。
主に作業を行う位置(合端台を置く位置)を練習と同じセッティングになるようにしたところ、目の前に隣の選手の瓦があったのだ。
気をつけないといけないなと思っていたのにな。
作業時間に目処が立ったので油断してしまった。
それと、競技中に他の選手の作業状況とか、時間とか、通路側にいる人の気配がすごく気になった。
これは集中していない証拠だ、何よりも集中する事と自分を信じる事が、一番大切だと感じていたので、明日以降気合を入れなおさなければならない。
とりあえず合端は通路の方に背中を向けることにした。
昼食の弁当を貰い、選手控室でいただいた。
盛大な式典だ。
それから、交流会に出席した。
私は、宿泊するホテルまで車で行かないと行けないので、ビールを飲むことができなかった。早く、ビールを飲みたい。
交流会の最後はサンバだ。やはり神戸と言えばサンバか、私は個人的にジャズの方が神戸らしいと思うのだが、盛り上げるにはやっぱりサンバかな。
交流会が終了しホテルが指定した駐車場に車を止め、コンビニで缶ビールを3本買い、部屋に入るとすぐにビールを飲んだ。
昨年もそうだったが、競技の後のビールは格別にうまい。
ビールを飲みながらゼッケンを明日着る服に付け替えたり、明日の準備をした。
それから、シャワーをして、昨年同様今年もあまり寝れないだろうと思いつつ、布団に入った。
案の定4時には目が覚めた。
普通、眠れない時は時間が経つのが遅く感じるものだが、あっという間に朝食の時間になった。
いよいよ出発だ。
泣いても笑ってもあと2日だ。
神戸で行われた技能グランプリに出場 その1
桜の季節になって来た。
もうすぐ満開だ。私はここの桜が大好きだ。
今日は5分咲きで終わってしまった、全国技能グランプリ・兵庫に出場した事を書こう。
地道に練習を繰り返し競技当日を向えることになるのだが、練習で一番苦労したのが緊張感と集中力を保つことだった。
2月に何度か時間計測を行ったのだが時間内に架台を完成させることが出来ない。
あかん、今年は駄目かもしれないと正直思った。
そして、第3回公開練習会の日を向えた。(1回目は1月17日、2回目は2月14日、3回目は3月7・8日で行われた。第3回は時間計測をし本番さながらの通し練習会となった。)
その日は地元のテレビ局が取材に来たりして、後日放送された。(結局、グランプリ終了後にも取材され、私は2回テレビに出ることができたのだ。)
この第3回公開練習会で私はいつものペースより30分から45分ぐらい早いペースで競技を進めることが出来たのだ。
もちろん楽々、時間内に架台を完成させることができた。
そしてこの第3回公開練習会のおかげである程度の時間配分を考えることが出来るようになった。
それから、いかに普段の練習時に緊張感と集中力を持ってないことが判明したのだった。
しかし、この練習会直後の通し練習でまたもや制限時間を30分程オーバー。
あかん自分が分からなくなって来た。
まあ、最終的には楽々時間内に終わるようになったのだった。
この楽々が問題なのだが・・・。
私は第3回公開練習会後、なんと4回も通し練習を行った。
せっかく組合から買っていただいた練習用の瓦を無駄にしたくなかったのもあったのだが、どうせ仕事も手につかないし、練習をしていないと不安だったからだ。
そのおかげで朝起きると指が動かないくらい痛いし、手首が桟瓦1枚持つだけで痛くなるようになってしまった。
ただ、競技に集中すれば問題無いと思う。

それから、3月12日に兵庫選手団の結団式が兵庫県公館(神戸らしい情緒がある建物だ)で行われた。
そこで兵庫選手団のジャンバーをいただいた。
なんか本格的だ。
史上最多の選手団らしい。
そして大会前日(19日)になった。
今日は組合の人達が会場を設営する日だ。
前日に道具の搬入が許可されていたので、持って行くことにした。(当日でも良かったのだが雨の予報が出ていたので濡らしたくなかったのだ。)
それと、練習用の架台を製作する見本として、架台を1台借りていたものを持っていかなければならなかった。
わたしが9時頃に会場に着くと、もう設営が始まっていた。
あっという間に架台が組み立てられ、材料が搬入されていく、何度もやっているような手際よさだ。
私の競技もこのぐらい上手くいけば良かったのだが。
もう他県の選手が何人か来ていた。
借りていた架台を会場に搬入してもらい、設営を見学していると、私のブログを見たという選手がいた(この選手が優勝した、おめでとう)。
その後、道具を搬入した。
去年も思ったが、私の道具は本当に少ない、道具箱を何個も持っている選手もいたが、私は1個だけ、しかも中身は半分も入っていない。
そして明日はいよいよ開幕だ。
開会式の前に、会場下見という名の競技が待っている。(瓦座、瓦桟木打ちをおこなうのだ。ここから競技が始まっていると言っても過言ではない。)
もっとテンションを上げなければと思いつつ、会場を後にした。
帰ってから、もうやらなくても良いのに心配性の私は寸法切りだけした袖瓦で、半端袖を切る練習をしたのだった。
兵庫県瓦屋根診断技士会
今日は診断技士会の役員会が神戸の組合事務所で行われた。
私も一応、役員なので出席した。
現在のところ、ほとんど活動していない。
前年は全く活動しておらず、とりあえず4月4日に総会を開くことになった。
今年度は診断技士会のステッカーや組合ホームページからのリンク、ボランティア等のPR活動に重点を置こうと言う話になった。
せっかく立ち上げられた会なので1年に1つぐらいは事業を行えればいいかなと思うが難しいみたいだ。
技能士会を立ち上げようと言う動きもあるが、これもまた無意味なものにならないようにしたいものだ。
たくさん会ばっかり作っても仕方がないので診断技士会と技能士会をくっ付けたらどうかと言う意見もある。
わたしも賛成だ。
「兵庫県瓦屋根診断技士・かわらぶき技能士の会」
少々長い名前だが、これで良いのではないか。
とりあえず22回目
課題発表
昨日の昼頃、能力開発協会のホームページでグランプリの課題が発表された。
軒先は鎌唐草だ。
はっきり言って、ほとんど葺いた事が無い。と言うより、ほとんど使われなくなってしまった瓦だ。
今まで、酒蔵で1回と一般住宅で1回の2回だけだ。
一文字軒瓦よりは合端が楽ではないかと思う。
隅棟が3本あって、そのうち1本は鬼際に削ぎのし瓦を2枚いれて反らせるようになっている。
軒先も、その隅棟の所だけ厚みを少しずつ変えていった瓦座を使って反らせるようになっている。
そんなに問題は無いかと思う。
一番、合端で難しいと思われるのは、3本の隅棟がくっついてくる頂点の素丸瓦の合端かなと思う。
しかし良く考えられた課題だ。
それから昨日、東の理事長の店に行って、架台を一つ借りてきた。
練習用の架台を作るための見本にするためだ。
今日さっそく、いとこの大工さんのところへ運んで、一度仮組みしてみた。
来週の水曜日ぐらいまでには作ってくれるみたいだ。
瓦も来週中には揃えたいと思う。
年内には1度葺き上げたいと思う。
とりあえず19回目
久々の大きな入母屋屋根の工事が終わった。
この役瓦の葺き方をきちんと覚えていなければ良い仕上がりにならない。
一つ例を挙げると掛瓦の右と左のねじれが違うから破風尻の掛瓦の跳ね上がりや切り欠きが左右対称にならない。(葺いた者にしか分からないだろうが。)
一つや二つ葺いたからといってなかなか自分の物にならない。
しかし何棟も葺いていくうちに、いつの頃からか自分のパターンが出来てくる。
私流に言うと「自分のツボにはめる」ということだ。
上品ですっきりした仕上げをしたいなら出来るだけ誤魔化すことなく葺きあげなければならないと私は思う。
まあどんな屋根にも言える事だ。
伝統的木造軸組構法の実物大住宅性能検証震動台実験
今日は先日施工した震動実験棟の一般公開実験の日だ。
正式な実験名はタイトルのとうりだ。
施工者としては瓦が落下したり、ずれたりしないか非常に気になるが、先日(11月28日)行われたB棟の公開実験では屋根には全く異常は見られなかったみたいだ。
それを聞いて今日はさほど心配することなく見に行くことができた。
材料が少し残っていたので、少し早く行って実験前にトラックに積み込んだ。
それから現場監督の好意で実験前の会場に入らせてもらい、B棟の屋根をじっくり見ることが出来た。
本当に全く異常なし。
当然、今回のA棟も全く異常がなかった。
加震している時も、まるで全ての瓦が一体になっているかのように微動だにしなかった。
ひょっとしたら建物が倒壊しても瓦はどうも無いんじゃないかな。
まあ、少しやり過ぎかなと思うくらいの施工をしたもんな。
屋根に関してはあまり意味の無い実験だったかな。
個人的には楽しめたけどな。
とりあえず17回目
久しぶりに入母屋屋根の下り尾付きを葺いている。(社寺は別として。)
屋根で100坪ある。
数年前ならこのぐらいの屋根の大きさの家がたくさん建っていた。
今、葺いてる家の下り尾は大屋根の4本だけだが、以前なら下屋の入母屋部分とかも付けたりして全部で10本とかの家がよくあった。
ほとんど入母屋屋根しか葺かなかった年もあった。
最近は新築で入母屋屋根の家なんてほとんど無い。
もう入母屋屋根は過去の遺物なのかもしれない。
特に下り尾なんてカッコだけで何の意味も無いからな。
入母屋屋根を葺けたら一人前みたいなところがあったけどな。
ほとんどムクリのついてない棟にムクリをつけたり、結構、苦労したけどな。
予算のあるお施主さんはぜひ入母屋屋根にしていただいて、かわらぶき職人の技能の向上に協力していただきたいものだ。
愛媛で行われた技能グランプリに出場 その4
今日は超大作になってしまった今年の技能グランプリの最後を書こう。
2日目はあいにくの雨模様だった。
会場に到着したが、まだ開いていなかった。
会場が開くと控室に行き準備をし競技に備えた。
今日は組合の人たちが応援に来る。
神姫バスに乗って6時に姫路駅を出発するらしい、お疲れ様です。
応援に行くことが決まった会議に私も出席していたのだが、この案が出た時に、
「嘘やろ、プレッシャーかかるやんけ。」と正直思ったが、結果として「最悪でも完成させなければ。」と励みになったのは事実だ。
そして競技が開始された。
地葺きの残りを終わらせ、壁際ののし瓦積みだ。
よく覚えてないが、このぐらいの時間に組合の人が到着したんじゃないかと思う。
来たのは分かったのだが、前にも書いた通り、観客の方は絶対見ないことにしていたので知らないフリをした。
水糸を張り、漆喰を置き、台のし積みを完了。
そして切巴を合端し取り付け、素丸瓦を取り付けた。
(予定どうり素丸瓦の合端は省いた。今思うと合端していたら優勝できていたかもしれない。しかし、この時は時間内に架台を完成させる事を優先した。)
現場では丸立てをしてから、のし瓦積みをするのだが、のし瓦と素丸瓦の接点を素早く正確にけがくために反対にしたのだ。
(ちょっと上手く説明できない、競技後の業界新聞の記者の取材でも上手く説明出来なかった。)
素丸瓦の両端に取り付けるのし瓦は上手くいったが、素丸瓦と素丸瓦の間に入るのし瓦を少し短く切りすぎ下がってしまった。
競技も終盤、のし瓦の2段目を積み始めた、素丸瓦に当たる部分を合端、そして両端に積む半分ののし瓦を切断、いよいよ最後の合端だ、両端に半分ののし瓦を入れるのに、右端の半分ののし瓦の手前ののし瓦を少し短く合端した、そして取り付けた。
標準作業終了まで15分ぐらい前だったと思う。
落ち着いて後片付けと清掃を行い、ゼッケンをはずして架台に置き、「終わりました。」と手をあげた。
応援に来た組合の人達が拍手をしてくれた。
おそらく3番目か4番目に終了したと思う。
それから少し組合の人と話をして控室に戻り、タバコを吸いに外に行った。
標準作業終了。そして延長時間も終了。
昼食時間になったので、あまり食欲がわかなかったが支給された弁当を食べ、道具を愛車のボンゴトラックに積み込んだ。
それから武道場入り口にたくさんのメーカーさんのブースが設営してあったので、見に行った。私が取り引きしているメーカーさんも来ていた。
架台見学の時間になったので、会場に入ったがあまり他の選手の架台を見ることも無く自分の架台が見える所に座っていた。
すると、ひととおり見学してきた組合の人達が「よく出来てるで。多分いいところまでいくで。」「ひょっとしたら優勝やで。」とか色々褒めてくれた。
以前に書いた業界の偉い先生が生徒達を引き連れ架台の評価をして回っている。
私の架台の評価が終わったあと、組合の人が私の所へ来て、「この架台が一番良いんじゃないか。と言ってるで。」と教えてくれた。
なんか私もちょっとはその気になってきたが、せめて敢闘賞でも貰えればいいかと思っていた。
しばらくすると、あなたの写真を撮らせて欲しいという人がいた。
その人は、私の作業をずっと見ていて素晴らしかったと言う。
なんかうれしい。
私の架台のまわりには結構人が多い。
西の理事長が「ようさんの人に見てもうてええな。」と言ってくれた。
ほんまにそうや。
表彰式が始まった。
私の名前が3番目に呼ばれた。3位となる総務大臣賞を受賞した。
組合の人達がおめでとうと言ってくれた。記念写真も撮ってくれた。
組合の人達が帰るというので、バスまでお礼を言いに行って見送った。
それから嫁に結果を携帯電話で報告し、会場を後にした。
ほんまにええ気分や。多分今までないで。
喉がすごく渇いていたが、高速道路まで結構渋滞していたので、ノンストップで高速道路に乗ることにした。
松山インターから松山道に乗り、最初のサービスエリアでコーヒーを買った。
来る時と同じ様に瀬戸大橋から山陽道で帰る予定だったが、気が付いたら徳島の方に向かっていた。
仕方が無いので明石大橋を渡って帰ることにした。
鳴門大橋を渡るころ、暴風雨になった。
気持ちが高揚していたのか、ノンストップで帰って来た。
翌日、さっそくに練習用架台や道具を片付けた。
とても晴れやかな気分だ、ほんまにとてもうれしい、この一言だ。
出場決定
来年の神戸で開催される技能グランプリに出場できることがほぼ決定した。
基本的に出場選手は20名と決まっているらしいが、いつも定員いっぱいにならないので、複数名出場している県もあった。
(今年の愛媛でのグランプリも我が県を含め複数名出場している県がいくつかあった。)
今回もおそらく定員一杯にならないだろうということで、我が県から私も含めて3名出場する予定でいた。
(この3名が今年の愛媛県での技能グランプリに出場した。)
しかし、今回出場者が多く1名しか出場出来ないかもしれないと聞いていた。
それを聞いた時に(わざわざ東の理事長が電話してきてくれた。)「今年の実績を考慮してください。」と小声で言っておいた。
東の理事長は「最低でも2名は出場できるように頑張ってみる。」と言ってくれた。
そして2名出場できることが決定したらしい。
定員を1名増やして貰い、出場者を21名にして貰ったみたいだ。
骨を折ってくれた東の理事長に感謝したいと思う。
しかし3名いる。東の組合から2名、西の組合から1名。
ここは平等に東から1名、西から1名ということになったらしい。
東の2名は予選会を行うらしい。
私は予選なしだ、なんか卑怯な気がする。
ただ今年出場した愛媛のグランプリでもし散々な結果だったら神戸でのグランプリは辞退しようという気で臨んだ結果、私は入賞したのだから胸を張って出場したいと思う。
激戦になりそうだ、優勝とまでは言わないが、最低でも今年の結果と同等かそれ以上を目指したいと思う。
どれだけ練習出来るかわからないが、完全燃焼したいと思う。
愛媛で行われた技能グランプリに出場 その3
昨日の続きを書こう。
まず大会スケジュールを書いておこう。
<1日目>
8時10分 集合
8時30分 開会式
9時00分 作業説明(この時に自分の架台をくじ引きで決める。)
9時20分 会場下見 (これは下見となっているが、瓦を葺くための瓦座や瓦桟木を打ったり、瓦の選別をしたりする非常に大切な時間である。ここから競技が始まっているといっても過言ではない。)
11時10分 昼食休憩
12時00分 競技開始
14時15分 休憩
14時30分 競技再開
16時45分 競技終了
<2日目>
8時30分 集合
9時00分 競技開始
11時00分 標準作業時間終了
11時15分 延長作業時間終了(この時間を使うとおそらく上位入賞は無理だ。)
13時00分 架台見学
14時00分 閉会式
集合した時のことや開会式の時のことは、ほとんど覚えていない。
そして作業説明の時間になった。
いよいよ架台の抽選だ。
くじ引きの結果、私は8を引いた。
よっしゃーええ番号や、と思ったのも束の間、架台のほうに目をやるとなんと一番隅っこだ。
観客から一番よく見える架台じゃないか、まいったな。
作業説明の時間が終了した。
いよいよ会場下見の時間だ。
スケジュールに書いたとうり、瓦を葺くための準備の時間だ。
練習どうりに瓦座を打つ位置に墨を打ち始めた。
(瓦桟木は定規を作って打つつもりだ。)
私がまだ墨打ちを半分くらいしか出来ていないのに、あちらこちらから瓦座や瓦桟木を打つ音が聞こえ始めた。
滅茶苦茶早いやんけ。急に額から汗が滲んできた。
(2日間の競技の間でこの時が一番焦った。)
しかし、予想以上に段取りよく進み、出来ることならやっておきたかったのし瓦の選別まで行なっても、まだ時間が少し余った。
昼食の時間だ。支給してもらった弁当を食べ一服して競技にそなえた。
架台の前に立ち競技開始の合図を待っていると、この業界の偉い先生と目が合った。
「どうや、調子は。」と先生に尋ねられ私は一言「びびってます。」と答えた。
この先生は2月に組合がグランプリ講習会を開催してくれた時に講師として来てくれたのだ。(雪が降りしきる中、西宮まで行ったな。)
そして、いよいよ競技開始だ。
この時間は、一文字軒瓦の合端と取り付けをする非常に大切で気持ちを集中しなければならない時間だ。
まずは補強ビスを打つための穴開けだ。
(この穴開けとビスを締める時のみ電動工具の使用が認められている。瓦の切断は鏨と押し切りのみだ。だいたい現場での瓦の切断はほぼサンダーで行う。鏨なんか時間がかかって仕方が無い。)
武道館の床を傷つけないように配られた板の上で慎重に穴を開けた。
この板の上以外で穴開けを行うと減点になると、作業説明の時にきつく注意された。
一番失敗しやすい右角瓦の合端も上手く言った。袖のたれを少しずつ落としていかないといけない、すがる部分の右袖瓦も上手くいった。
しかしこの後だ、すがる部分の右袖瓦にくっつく一文字軒瓦の合端に失敗し目欠けさせてしまった。
ああーやってもた。
だいたい合端出来ていたのだが、もうちょっと合わせたろと思ってやったのが失敗だった。
まぁええか。
ある程度時間がたってふと気がつくと、どうも私の周りに観客が多い。
どうも私のペースが速いようだ。いい感じだ。
それから観客の方には絶対向かないことに決めていた。
メーカーの営業さんとか知ってる人もいたのだが、そう決めていた。
よく覚えていないが、ほぼ一文字軒瓦の合端・取り付けとすがる部分の袖瓦の合端・取り付けを終えたぐらい(すがる部分の左袖瓦上の一文字軒瓦の合端の途中ぐらいだったかな。いや左袖瓦にくっつく一文字軒瓦の合端途中だったかな。忘れた。)で休憩の時間になった。
練習よりもいいペースだ。
作業が再開された。
残っていたすがる部分の一文字軒瓦を終わらせ左袖瓦の合端・取り付けを開始した。
われながら左袖瓦上の一文字軒瓦の合端は本当に上手くいった。
しかも2回ぐらいの合端ですんなり納まってしまった。練習でもなかったことだ。
ここからはしばらく、少しは楽な時間だ。
しかしこの油断が失敗だった。
練習よりは早いペースで進んではいたのだが、1日目の目標であった地葺きを終わらすことは出来なかった。
自分では油断したとは思っていなかったのだが、後で考えると集中力が切れちょっと一服してしまった。
右袖瓦を取り付けた後に、刀根地になる瓦の切断と、壁際の半端の瓦の切断を終えた後には本当にゆっくりしてしまった事は今でもはっきり覚えている。
練習よりいい出来だったので満足してしまったのだろう。
一日目の作業終了。
後でわかったことだがこの写真を見てわかるのだが、私は片付けをしていない。
本当は作業中断ごとに片付けをしなければならなかったらしい。
もちろん減点の対象だ。
まあそれでも本当になんかいい気持ちだった。
他の選手の出来栄えを見ることも無く、iPodを聞きながらホテルへと向かった。
ホテルの前のコンビニで缶ビールを買い部屋に戻った。
しかし最高に上手いビールだったな。
とりあえず缶ビール2本飲んで夕食に行った。(生ビールを一杯飲んだ。)
部屋に戻り、世界フィギィアで浅田選手の優勝を缶ビールを飲みながら見た。
さあ、明日のシュミレーションをしながら寝よう。
疲れとほどよく酔っ払ったので心地よく眠れるはずだったのだが、全然眠れない。
しかもあちこち筋肉痛だ。
何度シュミレーションしたことか。
おそらく30分も寝ていないだろう。
とうとう朝になってしまった。
まぁええか。
朝食を食べ、コンビニで缶コーヒーを買い「Eat The Rich」を聞きながら会場へ向かった。
愛媛で行われた技能グランプリに出場 その2
先日の続きを書こう。
とにかく恥をかかないようにと練習に励んだ。
途中で一文字軒瓦や右角瓦の型が若干変更になったりして苦労したな。
そして出発の日になった。
(大会は3月22日23日だが、前日に愛媛入りすることにしていた。)
昼過ぎに出発するつもりで、午前中は最後の練習をしようと思い、角や袖の合端をしていたところ何時頃(9時頃だったかな?)か忘れたが、東の副理事長から電話があった。
「こっちの選手はもうとっくに出たぞ。早く行って道具を会場に入れると言ってたぞ。」
(東の組合からは2名出場することになっていた。)
私は慌てて練習を止め、仕事での愛車であるボンゴトラックに道具を積み込んだ。
そして、練習で使われ積み上げられたもう2度と使われることの無い瓦達に感謝しながら、タバコを1本吸って会社を出発したのだった。
愛媛には昨年、全瓦連青年部の部長会議で行ったから約10ヶ月ぶりぐらいだ。
会場の愛媛県立武道館の場所も大体分かる。
部長会議までの時間つぶしに寄り道してきた坊ちゃんスタジアムの隣だ。
(しかし、武道館の記憶はほとんど無い。)
高速道路を松山インターで降りて少し走ると会場が見えてきた。
写真では見たがすごいでっかい。
まずい、びびってきた、会場を見ただけで緊張してきた。
会場まで来ると先に来ていた東の2人の選手がいた。
彼らと少し話をしていると落ち着いてきたのだが、会場の中に入るとまたびびってきた。
ちょうど架台の組み立て等を行っていたのだが、架台と観客までの距離が結構近い。
会場が広いので近くで競技が見れるように配慮することは知っていたのだが結構近い。
内側の架台に当たればあまり見えないけどな、内側になることを願おう。
とりあえず道具を搬入し彼らと会場の外でいると、他県の代表の人たちが集まってきたりして色々聞いたり話したりしたのだがみんな凄そうにみえる。
関東から来た選手なんか見た目からしてイケイケだ。
もう一度会場に入り彼らの道具を見せてもらったが、私の道具が一番少ないのではないか。
鏨にあんな沢山種類があるなんて知らなかったぞ。
おれは3分と6分の2種類しかないぞ。そんな沢山どこで使うねん。
それも3分の鏨なんかこの大会にでることになって初めてその存在を知ったぐらいだ。
(のし瓦と素丸瓦の接点を円く合端するのに私は6分の鏨でやっていたのだが上手くいかないので、東の2人に聞いたら3分の鏨でやったら上手くいくことを教えてもらった。)
そうしているうちにホテルにチェックインできる時間を過ぎていたのでホテルに行くことにした。
とりあえずホテルの部屋に練習時に作った瓦割図やタイムスケジュールのコピー(本物は道具箱の中だ。)、そして鏨、地下足袋を持って入った。
鏨は枕元に置いて寝るつもりでいた。
に乗って道後温泉本館に行って坊ちゃんの湯に浸かった。(部長会議の時も行ったな。)
ホテルに帰ってから夕食をとり(生ビールを1杯飲んだ。)、明日着る作業服と地下足袋をそろえた。
何時か忘れたが眠りについた(そんなに早い時間でもなかったと思う。)
いよいよ大会当日となった。
多分目が覚めたのは5時になっていなかったと思う。
もう一度寝ようと思ったが、競技開始時間から逆算するともう起きていてもいい時間なのでそのまま起きていることにした。
何度か地下足袋を履いたり、瓦割付図やタイムスケジュールを確認した。
朝食の時間になったので、朝食をとり、作業服に着替えた。
ホテルの前のコンビニで、現場に行く時と同じように缶コーヒーを買った。
いよいよ出発だ。
ボンゴトラックにiPodをセットしボタンを押した。
ボンゴトラックのスピーカーからはテンションをあげるために会場入りの時、絶対に聞こうと思っていた私のお気に入りエアロスミスの「Eat the Rich」が大音量で流れた。
今日はこの辺でお終い。
愛媛で行われた技能グランプリに出場 その1
今日はもう過去の話だが、今年出場した技能グランプリのことを書いておきたいと思う。
屋根業界の新聞でしか見たことがなく、出場するなんて思ってもいなかった。
2009年に神戸市で技能グランプリが開催されることになったことを聞いて、この地元で初めて開催されるグランプリに出場したいという気持ちが強くなった。
出場することになった最初のきっかけは、東の組合の副理事長(当時、現在は理事長)と、たまたま電話で話している時に「こんなん出るヤツおらんで。」と聞いたことだ。
それを聞いた私は「僕は出たいと思うけど、自分から出ますとは言い難いな。よかったら推薦してくださいよ。」と半分ぐらい冗談のつもりで話したのだが、この時の会話をこの東の副理事長が覚えていてくれていたのだ。
それからしばらくして、この東の副理事長から電話があって、神戸でのグランプリに出場する意思を確認された。
私は「よろしくお願いします。」と返答すると、東の副理事長は西の理事長(私は西の組合に所属するため)に出場する意志を伝えておくように言われた。
(この東の副理事長が2009年の神戸でのグランプリを取り仕切ることになっていた。
この東の副理事長とは某ハウスメーカーの会議などでよく出会う。
ちょいちょい電話したりもする。
震動実験棟の屋根工事をすることになったのもこの東の副理事長の仕業だ。
この東の副理事長と知り合いでなかったら、おそらく出場していなかっただろう。)
その夜、西の組合の理事長に「出場したい。」と申し出たのだった。
ややこしい話だがここまでは神戸で行われる来年(2009年)のグランプリの話で、ここからが今年の愛媛で行われたグランプリの話になる。
それからしばらくして今度は西の副理事長から愛媛でのグランプリのことで電話があった。
「おい、愛媛のグランプリはどないするねん。」と聞かれた。
私は「とりあえずグランプリを見たことが無いので見学したい。」と言った。
(気楽に愛車で愛媛までドライブして道後温泉に浸かってこようという甘い考えだった。)
すると、この西の副理事長は、「どうせ行くのやったら出場したらどうや。神戸の予行演習をしたらどうや。」と言われた。
そして、私は愛媛でのグランプリ出場を決意したのだった。
さっそくその夜(11月5日)、西の理事長が組合印の入った出場申込書を送ってきてくれた。
私はその申込書に署名し全瓦連に送ったのだった。
それから、従兄弟の大工さんに架台を作ってもらい。
12月に入ると練習用の瓦を仕入れた。
愛媛県の菊間瓦だ。72判で深切でしかも防災瓦になっている優れものだ。
ハッキリ覚えてはいないが、おそらく12月29日か30日から練習を開始した。
大晦日も練習に励んだのだった。
とりあえず4回目
震動実験棟屋根工事3日目。
昨日頑張ったからあと少しだ。本日の人員6名。昨日とはメンバーが総入れ替えだ。
昨日はほとんどが1級技能士だったが、今日は2級技能士と技能士じゃない人がほとんどだ。
やはり差がでた、屋根の汚れが非常に目立つ。
3時頃には終了した。
たまたま大学の後輩だった現場監督にお礼を言って現場を後にした。
公開実験が楽しみだ。
とりあえず3回目
震動実験棟屋根工事2日目、本日の人員5名。
昨日の半分以下の人員だが、一棟目は施工終了、2棟目は胴割れのみを残し地葺き終了。予定以上の成果だ。
一棟目の棟積みは強力棟タルキにのし瓦をすべて緊結することが出来た。これで全ての瓦が躯体から間接的ではあるが緊結されていることになる。(コーキングではなくて銅線でだ。)
これは予想以上の結果だ。原寸図に描いて残したいぐらいだ。
明日で2棟目も仕上がる予定だ。
とりあえず2回目
今日はM市防災センター内にあるE-ディフェンスで震動実験棟の屋根工事だ。
瓦組合青年部で工事を行うことになっている。
過去2回の実験においては全く瓦は落下していない。このプレッシャーは大きい。
2棟で約200㎡、簡単な切妻屋根だが3日で仕上げる予定だ。
今日は約10人で施工、1棟目の鬼瓦取り付けと2棟めの瓦桟打ちまで終了した。
明日は日曜日だが工事を行う予定だ。




































































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